「肥満」は糖尿病や脂質異常症をはじめとした代謝性疾患や、それらを基盤として発症する冠動脈疾患や脳血管障害のみならず、睡眠時無呼吸、腎障害、骨・関節疾患、月経異常といった様々な健康障害を引き起こします。しかし、肥満はあくまで脂肪組織に中性脂肪が過剰に蓄積した状態を表しており、肥満は直ちに病気に分類されるわけではありません。日本肥満学会でも、治療の対象となる肥満と、そうでない肥満を明確にするため、肥満に関連して発症する健康障害があり、医学的に減量の必要な状態を「肥満症」と定義しています。
肥満の定義には、現在BMIという数値が用いられています。みなさんも健診などで目にされたことがあるのではないでしょうか。
BMI=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)
BMIは上記式で計算されます。たとえば、私は現在身長182cm、体重72kgですので、
BMI=72÷1.82÷1.82=21.7
となります。
逆に身長(m)×身長(m)×22で計算したものが標準体重になります。
標準体重=身長(m)×身長(m)×22
つまり、BMIが22に近いほど、標準体重に近いということになります。
現在の基準では
<18.5 低体重
18.5≦~ <25 普通体重
25≦~<30 肥満(1度)
30≦~<35 肥満(2度)
35≦~<40 肥満(3度)
40≦ 肥満(4度)
と分類されています。
上に申し上げたように、BMIが25を超えているというだけでは、直ちに治療が必要であるということはありません。
しかし、わが国において30歳以上の15万人以上を対象にした研究では、BMI26~28までの群では普通の体重の群(BMI20~24)と比べて、高血糖、高血圧、高中性脂肪血症、高コレステロール血症、低HDL-C血症などの疾患に2倍以上なりやすいというデータが出ておりますので、注意は必要です。
肥満症診療ガイドライン2016にある肥満症の定義として
肥満(BMI25以上)と診断された方の中で、以下のいずれかの条件を満たす場合、肥満症と診断し、疾患単位として取り扱う
肥満に関連した健康障害を有するか、健康障害の合併が予測される場合で、減量を要するもの(減量により改善する、または進展が防止されるもの)
ウェスト周囲長によるスクリーニングで内臓脂肪蓄積を疑われ、腹部CT検査によって確定診断された内臓脂肪型肥満
つまり、肥満があって、さらにそれが関連する病気を合併している場合は、肥満自体も治療が必要な病気ですよということです。
肥満に起因ないし関連し、減量を要する健康障害とは
の11疾患があげられています。
また、診断基準には含めないものの、肥満と関連し、注意を払うべき疾患群として、胆石症、静脈血栓塞栓症・肺塞栓症、気管支喘息、皮膚疾患、男性不妊、胃食道逆流症、および一連の悪性疾患(大腸がん、食道がん、子宮体がん、膵がん、腎臓がん、乳がん)などがあげられています。
高度肥満症とは、肥満症の中でもBMI35以上の方をいいます。
繰り返しになりますが、BMI35以上でも、例えばお相撲さんなど、関連する障害がなければ、高度肥満というだけで、特に治療は必要ありません。
肥満症診療ガイドラインでは、高度肥満症で特に注意すべき病態として、睡眠呼吸障害、心不全、腎機能障害、皮膚疾患、運動器障害、精神的な問題などをあげています。
睡眠呼吸障害の中でも閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)は肥満と深く関わりがあります。OSASの自覚症状としては、睡眠時の窒息感や昼間の眠気、起床時の頭痛などがありますが、通常は周囲の人からのいびきの至適や睡眠時の呼吸の停止から発見されます。OSASにより低酸素血症となることから、高血圧や狭心症や心筋梗塞・脳梗塞などの心血管イベントとの関連が指摘されています。
高度肥満では心不全を発症することがあります。心不全の自覚症状としては、全身浮腫、肺うっ血から呼吸困難をきたします。一因として閉塞性睡眠時無呼吸症候群が背景にあり、心臓に負担がかかり、徐々に心臓の機能が低下することが知られています。
高度肥満により、腎臓に炎症を起こすことが知られています。初期の段階では、検尿検査で蛋白尿が指摘される程度で、減量により改善しますが、放置すればそのまま腎不全に進行してしまうこともあります。
高度肥満者において、ときにみられる皮膚疾患として偽性黒色表皮腫という疾患があります。偽性黒色表皮腫は頚や脇の下、鼠径部や肛門周囲などに黒褐色の色素沈着や角質増殖などが生じる疾患です。この偽性黒色表皮腫は肥満以外でも耐糖能障害やメタボリックシンドロームでも発症することが知られています。
高度肥満は変形性関節症の増悪因子でもあります。特に生活への影響が大きいものには股関節症と膝関節症があり、ともに筋力低下、加齢、肥満などにより、関節軟骨や骨に変形を起こします。
高度肥満者は社会的問題や精神的問題を抱えていたり、うつ病、統合失調症、摂食過剰症などの疾患を合併していることもあり、精神科の先生と連携して治療に当たる必要がある場合もあります。
つまり、健診でコレステロールや血圧、血糖値で引っかかった方は
2〜3kg体重を落とすだけで、薬を飲むことなく全ての値が改善するのです!!
肥満症の治療の中心は、食事療法と運動療法です。
これは誰もが分かっていらっしゃることだと思います。そして、分かってはいるけどそれがうまくいかずに苦しんでいらっしゃることでしょう。肥満症の患者さんには特有の食行動の問題点が見受けられます。
たとえば、”お腹いっぱいでも、好きなものなら別のところに入る”という満腹感覚の「ずれ」、”たくさん食べているにも関わらず、自分の食べた量はそれほどでもない”と答える摂食量に対する「ずれ」があります。
また”目の前に食べ物があれば、つい手が出てしまう”、”いらいらするとつい食べてしまう”といった食行動の悪い「くせ」があります。
このような認識の「ずれ」や食行動の「くせ」を自分でも認識していただくよう食行動質問表というアンケートを行います。
一般的に、肥満の方は体重を測る習慣がなかったり、体重を測りたがりません。そこで、まず体重測定を習慣化させることが肥満症治療の第一歩であると考えます。当院ではグラフ化体重日記という用紙を用い、1日4回体重を測定していただきます。
起床直後、朝食直後、夕食直後、就寝直前という時間帯に体重を測っていただき、それを記録してグラフ化します。1日のうちでも体重は細かく増減しますが、健常者であればこのグラフ化したときの波形が、ある一定のパターンをとります。
その一般的な波形からどれくらい逸脱しているかで、その患者さんのライフスタイルの問題点を抽出することができます。また、その問題点を自分自身で視覚的に認識することができ、食行動の修正につながるのです。
肥満動物の実験では、時計遺伝子を操作したマウスでは、日内リズム破綻とともに肥満になることが分かっています。
逆に、高脂肪食でも時間を制限して摂取させると、体重や代謝状態は普通食を自由に摂取させた場合と変わりないことも判明しています。つまり生活リズムの破綻はエネルギー収支や、脂肪合成、分解にも影響があるわけです。
実際に、朝食の欠食、夕食時間の遅延などは肥満の方によく見られる食行動パターンであり、夜型のライフスタイルの定着は明らかに肥満リスクを増大させる一因となっています。
実際に、朝食の欠食、夕食時間の遅延などは肥満の方によく見られる食行動パターンであり、夜型のライフスタイルの定着は明らかに肥満リスクを増大させる一因となっています。
肥満の患者さんはおおむね「早食い」です。ちなみに私も早食いのくせがなかなか直らず苦労しております。幼少期から習慣化した早食いを是正することは簡単ではありません。
咀嚼(噛むこと)はなぜいいのでしょうか。咀嚼することによってヒスタミンが分泌されるのですが、このヒスタミンが視床下部にある満腹中枢に働きかけて満腹感を起こさせるわけです。ラットを使ったこんな実験があります。固形食を噛ませて摂食させたラットでは、ヒスタミンが満腹中枢を刺激させて満腹感を亢進させます。しかし、同カロリー数の液体食をチューブで強制的に胃内に注入し、ラットが噛めないようにすると、満腹中枢は興奮しないので、満腹感も感じなくなってしまいます。つまり、カロリーではなく、咀嚼することで初めて満腹中枢のヒスタミンが分泌され、満腹感を感じるようになるわけです。
咀嚼することで実際に食事量を減らすことが可能なのかという実験も行われています。健康な非肥満の若い男女を2つのグループに分けて、片方のグループには食事前にカロリーや匂いのないデンタルガムを10分間噛んでから食事をしてもらい、もう片方のグループにはガムを噛まずに食事をしてもらうと、食事摂取量はガムを噛んでから食事したグループのほうが少ない量で満腹になりました。1週間後にグループを入れ替えて同じようにしてもガムを噛んだグループのほうがやはり摂取量は少なくなりました。このように、よく噛んで食べれば、カロリーを多く摂取しなくても、満腹になることが証明されています。
当院では一口につき30回咀嚼してから飲み込むように「30回咀嚼用紙」というものを導入して、患者さんに記載をしていただいております。